第1部 つながりを知る総論
窒素は生命の必須元素の一つです。いっぽう、人類の窒素利用が様々な環境影響をもたらしてもいます。
ここでは、窒素とその化合物の特徴、環境との関り、歴史、さらには測定方法まで幅広く解説します。
窒素は人間社会と環境をつないで地球をぐるぐると巡っています。地球の窒素循環の概要と、人類が窒素を利用することで起きている環境影響を概説し、本書の各部・各節の道案内をいたします。
人類の窒素利用が引き起こす様々な環境影響は、「報い」を意味する「WAGES」とも表現されます。英語圏はこういった略語づくりが好きですね(嫌いじゃないです)。Wは水(water)、Aは大気(air)、Gは温室効果ガス(greenhouse gas)、Eは生態系(ecosystem)、Sは土壌(soil)です。それぞれの環境影響について概説します。
窒素目線で歴史を概観します。窒素ガスの発見は意外に遅くて18世紀後半のことでした。それも物質としての特定ではなく「何もしない気体」という性質の発見でした(この実験レシピを見るに、アルゴンも数%混ざっていたと思いますけれど)。いっぽう、人類はその歴史のかなり早い頃から、組成は知らずとも、様々な窒素化合物を利用してきました。
元素としての窒素はどのような性質を持っていて、地球や大気や人体にどれだけ含まれているのでしょうか。無機物から有機物まで、窒素を含む化合物にはどのようなものがあるのでしょうか。そんな疑問にお答えします。4ページによくぞここまで詰め込めました。
生物の体内で窒素はどのように巡っていて、どんなはたらきをしているのでしょうか。全容はきわめて複雑でして、その入り口を簡潔に解説します。「動的平衡」がキーワードです。
和食の基本、「出汁」のコラムもあります。出汁のうま味にも窒素が大いに関わっています。
形を変えながら環境をぐるぐる巡る、これが窒素の特徴です。環境中の移動にはどんな種類があるのか、窒素の形が変わるのにはどんなプロセスがあるのか、これらを紹介します。
「海から有機態窒素が大気に放出される」という新しい発見のコラムもあります。
環境中の窒素動態を調べてみようと思われる方に向いた記事です。環境中の多様な窒素化合物を測定する方法について、前処理、化学分析、質量分析、今後の発展が期待される方法などを幅広く概説します
我々を含む生物は多種類の元素からできています。ある元素の動態が変われば他の元素の動態にも影響します。ここでは、窒素と他の物質(炭素、水、リン)との関係を紹介します。
窒素の不思議の一つとして「窒素ガスの溶解度」のコラムもあります。
第2部 日本の現状の理解に向けた各論
窒素は、肥料、原料、最近では燃料の可能性も含めて、我々の生活を支える大切な資源になります。いっぽう、この窒素利用が様々な環境影響をもたらしていることを第1部で述べました。
人間活動は多様です。そして環境も多様です。ここでは、2-1~2-8節で人間活動のそれぞれの要素について、2-9~2-12節で環境を構成するそれぞれの媒体について、窒素との関りを解説します。2-13~2-18節は、窒素利用の影響評価や、対策の打ち方に注目したトピックです。日本の事情や研究例をなるべく盛り込みました。
今後、内容をもっと充実させて、「日本窒素アセスメント」がまとめられたら(凄くいいなあ)と考えています。
エネルギーと窒素との関係は、ごく最近まで、化石燃料などを燃やした時に発生する窒素酸化物と、その窒素酸化物による大気汚染が主なものでした。今では、脱炭素化の一環として、アンモニアを燃料として利用することが注目されています。アンモニアには炭素が入っていないから、燃やしても二酸化炭素が生成しないことが理由です。良い面と良くない面の両方をきちんと調べて、正しい使い方を考えることが大切です。
人類が持つ様々な夢のうち「光合成と窒素固定」に触れたコラムもあります。
アンモニアをスタート物質として人工的に合成される窒素化合物の8割は化学肥料に使われています。これは世界平均の話でして、2010年代以降の日本では、半分以上が工業用途に使われています(食料や飼料の多くを輸入しているからでもあるのですが)。この節では、農業と水産業以外の窒素の用途を紹介します。身の回りの様々なものにも窒素が入っていますので、気になったら調べてみてください。何にもしない窒素ガスにも、それゆえに重要な産業用途があります。
窒素の意外な用途を紹介するコラムもあります。あの青く光るものにも窒素が使われています。
農業のうち、食料や家畜飼料や各種素材となる農作物の生産について紹介します。世界の状況、日本の状況、歴史的な話題も含めて多くのトピックがあります。
コラムには宮沢賢治が登場します。実は窒素にも詳しい御人だったのです。
農業のうち、家畜の生産について解説します。家畜にもいろいろあることを述べた上で、日本の畜産業の窒素面の状況を説明します。畜産物は農作物よりも窒素負荷が多くなる傾向にあります。我々の将来の食のあり方を考えるきっかけにもなればと願います。
水産業について解説します。天然の水産物を漁獲するスタイルと、養殖するものを漁獲するスタイルに大別されます。前者は窒素をあまり投入せずに水産物が手に入りますので、窒素汚染の面では有利です。しかし、天然資源の再生産速度を上回る漁獲を続ければ枯渇します。ここ大切です。
コラムでは、産地偽装をあばくのに窒素も一役買っていることを紹介します。
我々の日々の暮らしと窒素の関係について概説します。世界平均と比べると日本はありがたくも十分にぜいたくだと思います。このことに素直に感謝しつつ、将来世代のequityを考えていきたいです。
コラムは、あの大気汚染物質が医療に役立つの?というお話しです。
廃棄物や下水ってそもそも何なのか、近代以降の日本はどんな経緯をたどってきたのか、廃棄物・下水の処理にまつわる窒素のフローはどうなっているのかなどを解説します。廃棄物では、リサイクルするものを除いた大部分が燃やされます。下水では、汚水処理で可能な限り大気に逃がした後に汚泥として回収し、これも肥料などにリサイクルされるものを除いて大部分が燃やされます。つまり、どちらも大気に大部分を還していることになります。その実態は果たしてどうなっているのでしょうか。
コラムでは、強力な温室効果ガスである一酸化二窒素を発生しない新しい汚水処理技術を紹介します。
貿易とはそもそも何か、貿易と窒素との関係、日本を中心とした貿易量について紹介します。日本経済は貿易があるからこそ成り立っているのだな、と執筆しながら再確認しました。
大気では様々な反応に窒素化合物が関わっています。この節では話を絞って、陸域から大気への窒素化合物の排出と、大気中の物質の水平輸送と、大気から陸域への窒素化合物の沈着について紹介します。対流圏の大気化学の詳細とか成層圏で起きていることは省略しています。
コラムは、豚舎などで発生するアンモニアを効率よく吸着できる素材のお話しです。
森林・草地・湿地などの陸域生態系では窒素はどのように巡っているのかを日本の研究例を交えつつ概説します。登場するのは土壌と植物と微生物のはたらきです。これだけでも十分に複雑なため、動物たちの役割は割愛しております。
河川・湖沼・地下水などの陸水生態系では窒素はどのように巡っているのかを概説します。こちらも動物たちの役割は省略し、水と底質と微生物のはたらきを主に説明し、日本の研究例を紹介します。
実は、酸素原子には3種類あります。コラムでは、この構成比を用いることで環境中で起きていることがわかるようになってきていることを紹介します。
海洋とはそもそも何なのか、海洋における窒素の循環はどうなっているのか、日本周辺はどうなのか、どうやって観測して解析して数値モデル化するのかなど、具体的な研究例や写真を交えて幅広く紹介しています。
コラムでは、微生物の窒素代謝遺伝子を調べることでいろんなことがわかることを紹介します。
窒素の収支とはお金の収支と同様です。どこからどれだけ入ってきて、どこにどれだけ出ていくのか。これを国のスケールで調べることで多くのことがわかります。窒素収支を調べる意義、算定の方法、日本の状況などを概説します。
この節はとても重厚です。なぜなら、あらゆる人間活動を網羅した上で、人間活動に付随する窒素フローを解析しようというのですから。様々な方法があり、様々な研究成果が得られています。豊富な話題を詰め込んでおりますので、まずはご関心の向いたところだけでも読んでみてください。
我々の窒素利用とその環境影響さらに問題への対処は「連環」として経時的に続いていきます。コラムでは、この様相を取り扱うフレームワークの一つを紹介します。
人間活動に伴い生じる窒素汚染は生態系にどのように影響するのか、また、その影響をどう評価するのかについて、生態系のタイプごとの指標、評価するための方法、日本における事例などを概説します。生態系への影響は、生物多様性への影響と生態系の機能への影響に大別されます。日本ではまだまだ情報不足です。体系立てて解明していけるよう、大きな枠で各研究グループが分担しながら取り組む、といった戦略が必要と感じています。
トレードオフ、シナジー、オフセット、費用便益分析、費用対効果分析などの用語と環境面での意味を説明しつつ、窒素利用の便益と窒素汚染の脅威を評価する方法を紹介します。日本ではこれからの研究分野になります
環境問題への解決に社会が動くには政策が必要です。窒素問題も同じです。窒素に関する政策の考え方を紹介した上で、日本における窒素汚染(大気や水質など)に関する法令とその基準値などを紹介します。環境基準の達成状況や今後の課題にも言及しています。
第3部 国内外の取り組みと将来展望
第1部と第2部では、人類による窒素利用が多様な窒素汚染を起こしていることを様々な切り口で紹介しました。このまま推移すれば、将来世代とその頃の地球の生き物たちは相当な困難を背負うことになると懸念されます。ここでは、窒素問題の解決に向けた、あるいは解決に貢献しうる国内外の取り組みと関連技術を紹介します。
窒素問題に対しては特に欧州が世界に先駆けて動いてきました。その経験と成果が2022年現在実施中の「国際窒素管理システム(INMS)」プロジェクトに繋がっています。そして、国連環境計画(UNEP)が国際窒素管理に本格的に取り組もうとしてます。本書執筆後、2022年2月末より開催される第5回国連環境総会(UNEA-5)では持続可能な窒素利用に向けた決議がなされる見込みです。
コラムは、2022年1月現在、収束どころか日本では過去最大級の感染者数ピークがきている新型コロナウイルス感染症の話です。窒素汚染にも大いに関係あります。
日本においても窒素問題の解決に資する研究は1980年代ごろより行われてきました。主な研究プロジェクトを紹介します。今後は、学際・超学際研究に包括的に取り組むプロジェクトが立ち上がり(仕掛けているところです)、先端的な研究に取り組むプロジェクト群と連携して取り組んでいくことを期待しています。
「持続可能」とはそもそも何なのかについて述べた上で、持続可能な窒素利用、つまり、肥料・原料などとしての便益を保ちつつ窒素汚染による脅威を緩和した窒素利用を実現するための考え方を紹介します。持続可能な窒素利用に貢献しうる日本の技術情報もまとめています。今後は、社会科学と人文科学の知見が組み合わさることで、問題解決に向かう学際知を作っていけると期待します。そして、様々なステークホルダーの方々と一緒に、持続可能な窒素利用を将来世代に渡すための方法を考えていけるようになることを心より願っています。
おまけ:引用文献について
本書では引用情報をしっかり入れ込むことを重視しました。
いっぽう、気になった文献を探す時にURLを手で打ち込むのは大変なこと、よくよくわかります。ご不便をおかけいたします。
いつか電子書籍化されることを期待しておりますが、ひとまず、論文ならば「著者名と雑誌の短縮名」を、資料ならば「タイトルの一部」を入力して検索されることをお薦めします。おおよそ欲しい情報に辿り着けると思います。
また、スペースを節約するため、英語論文の雑誌は略名であらわしています。そのまま検索しても多くの場合は辿り着けると思います。もし辿り着けなかったら、雑誌の略名に ", abbreviation" を付け足して検索してみてください。
知識を求むる方々に幸あれかし。
人類が反応性窒素(大気の大部分を占める不活性な分子窒素N2を除く窒素化合物全般)を実質的に無尽蔵に手に入れられるようになったのは、20世紀初期にドイツにおいて開発されたハーバー・ボッシュ法のおかげです。本書はフリッツ=ハーバーとカール=ボッシュの人となり、ハーバー・ボッシュ法とそれを巡る時代背景の光と影の面を緻密に生々しく辿ります。化学史書であり、近代史書であり、読み応えのあるドキュメンタリーでもあります。一読をお薦めします(KH)。
UNEP(国連環境計画)が2019年に発行した Frontiers 2018/2019: Emerging Issues of Environmental
Concern(フロンティア2018/2019:新たに懸念すべき環境問題)という報告書の一章です。人類の窒素利用の恩恵とその環境影響について、豊富な図で簡潔にまとめられています。残念ながらUNEPでは日本語版を作成していないため、日本UNEP協会および地球環境戦略研究機関(IGES)のご協力を得て JpNEG
メンバーが和訳しました。以下のとおり、IGESのウェブサイトから公開されています。ぜひご覧になってください(KH)。
2020年公開.ポルトガルの研究者チームが作成した5分ほどの動画に JpNEG メンバーが日本語字幕を付けました.我々にとっての窒素の恩恵,我々の窒素利用がもたらしている様々な問題,その解決の手立てについて簡潔に分かりやすく紹介しています.是非ご覧になってください(KH)。
2019年公開.窒素と人類との関りを歌にしてしまった動画です.国際プロジェクトTowards INMSの一環で2019年10月にコロンボで開催された会合に合わせて,インドのRicky Kejさんが作曲したものです.英語ですが,動画に歌詞が流れます.わかりやすい英語です.ネタ?いやいや,中身はとてもまじめです(KH)。